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グラナダ版ホームズ『第二の血痕』の魅力について(その3)

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注意事項です。

このドラマはミステリ―なので、読んでしまうとネタバレしてしまいます。

ですので、この記事は、『第二の血痕』の原作をすでに読んでいたり、グラナダ版ホームズの『第二の血痕』を観たことがある方向けの記事です。

英語の原文はWikisourceからです。

The Return of Sherlock Holmes/Chapter 13 - Wikisource, the free online library

原文内の打消し線はドラマで省略された部分、括弧はドラマで加えられた部分です。大まかにですがドラマに沿わせて載せています。

(このブログでは『第二の血痕』の英語原文の全文翻訳もしてみました。趣味的な緩めの和訳ですが、よろしければ翻訳カテゴリから読んでみてください。)

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ヒルダ夫人についての推理を説明したあと、しかし、女性はわからないから、とホームズはワトソンに語ります。

 

“And yet the motives of women are so inscrutable. You remember the woman at Margate whom I suspected for the same reason. No powder on her nose that proved to be the correct solution. (I mean,)How can you build on such a quicksand? Their most trivial action may mean volumes, or their most extraordinary conduct may depend upon a hairpin or a curling tongs. Good morning, Watson.”

(「だけど、女性の動機っていうのは全く理解できないものだよ。そんな流砂の上にどんな仮説が立てられるっていうんだ?  彼女たちの行動なんて、ものすごく些細な振る舞いが重大な意味を持っていたかと思えば、大騒ぎの原因がペアピンやカーラー一本だったりするんだからな」)

ジェレミーさん演じるホームズは、この台詞の中のbuildを強調して発音します。

論理が通じない不確実な女性の心みたいなものは手に負えないから好きではない、というホームズの性格をよく表している言い回しです。

 

そういう女性の不可解さについて二人で笑って頷き合ってから、ホームズが221Bの玄関を出ようとしたところで、ワトソンが大声で呼び止めます。

“Is that Eduardo Lucas of Godolphin Street?”

“Yes.”

“You will not see him.”

“Why not?”

“He was murdered in his house last night.”

(「それはゴドルフィン街のエドワルド・ルーカスかい?」
「そうだよ」
「君は彼には会えない」
「なぜ?」
「昨日の晩に自宅で殺されたからさ」)

 

手紙を盗んだと考えられるスパイの一人について捜査に出ようとしたことを、ワトソンに言い当てられて、ホームズはびっくりして戻ってきます。

ワトソンが先程買った新聞に、そのスパイが殺された事件についての記事が載っていたのです。原作ではヒルダ夫人の訪問の前にこのシーンがありますが、ドラマでは順序が入れ替わっています。

また、原作では新聞の内容がそのまま書かれていますが、ドラマではワトソンがそれを途中までホームズに読み上げてくれます。このシーンもちょっと楽しいです。

ワトソンが記事を読み上げる途中、ホームズが合いの手を入れるんです。

ワトソンが「事件が起こった時間、執事は外に出ていて留守だった」と言うと、ホームズは「いつものことだ」"they always are."、ワトソンが「家政婦は最上階で寝ていて何も聞いていない」と言うと、ホームズはまた「いつものことだ」"they never do."と答えます。ドラマオリジナルの気の利いた台詞が可笑しいです。

 

そして、ワトソンから新聞を受け取り、ホームズも自ら新聞を読みます。

手紙が盗まれたその日の丁度その時間に、スパイであるルーカスが殺されたという事件に、ホームズは興奮して「偶然であるわけがない!」と叫びます。

“Well, Watson, what do you make of this?” asked Holmes, after a long pause.

“It is an amazing coincidence.”

“A coincidence! Here is one of the three men whom we had named as possible actors in this drama, and he meets a violent death(and) during the very hours when we know that  that drama was being enacted. The odds are enormous against its being coincidence. No figures could express them. No, my dear Watson, the two events are connected—must be connected. It is for us to find the connection.”

(「ワトソン、これをどう思う?」長い間じっとしていたあとで、ホームズが私に尋ねた。

「すごい偶然だな」

「偶然? 我々がこの事件の役者だと目を付けた三人のうちの一人が、まさにその事件が起こった時間に殺されたんだぞ。これが偶然だったら天文学的な確率だ。二つの事件には繋がりがある――なくちゃいけないんだ。その繋がりを見つけなければ」)

ここで、ジェレミーさん演じるホームズは、手にしていた新聞を上に向かって放り投げてこの台詞を言うのですが、こんな推理小説の台詞をまるで詩のように抑揚をつけて、すごく良い声で語るので、本当に魅力的です。

ヒルダ夫人についての台詞に続いてのこのドラマの見どころです! ぜひ字幕版でオリジナルの音声を確認してみてください。

 

その後、ホームズがルーカスの家の様子を見に行くと、レストレード警部が事件の担当者になっていて、執事が逮捕されて連れていかれるところでした。221Bに戻ってきたホームズは、ワトソンに待つしかないと語ります。

容疑が晴れた執事は釈放されたものの、何の進展もないまま数日が過ぎ、ようやく状況に変化が訪れます。ルーカスの殺人犯として、ルーカスが二重生活を送っていたパリで結婚していた女性が心神喪失の状態で通報されたのでした。

それについての新聞を読みながら、ホームズはハドソンさんに朝食を食べるように言われるのですが、何も食べたくないと言って断ります。

このシーンはドラマオリジナルで、ホームズの体調を心配するハドソンさんと、夢中になると何も食べなくなるホームズの様子が描かれています。

 

 その同じ新聞を手にしてワトソンが大急ぎでやってきますが、ルーカス殺しの犯人が逮捕されても手紙の奪還に役立たない、とホームズは不機嫌なままです。

“My dear Watson,” said he, as he rose from the table and paced up and down the room, “you are most long-suffering, but if I have told you nothing in the last three days, it is because there is nothing to tell. Even now this report from Paris does not help us much.”

(「親愛なるワトソン君、」とホームズは言った。彼はテーブルから立ち上がって、部屋を行ったり来たりした。「君がずっと辛抱しているのは知ってるけどね、でも、この三日間、僕が君に何も話さなかったのなら、それは話すべきことが何もなかったからなのさ。このパリからの報告だって何の役にも立たないんだ」)

 

“The man's death is a mere incident—a trivial episode—in comparison with our real task, which is to trace this document and save a European catastrophe.(略)and yet the interests at stake are colossal. Should I bring it to a successful conclusion, it will certainly represent the crowning glory of my career. Ah, here is my latest from the front!” 

(「ルーカス殺しなんて些細な事件だよ、我々の抱えている問題に比べたらね。こっちはヨーロッパの危機を救わなければならないんだから。(略)だけど、掛かっている利益は莫大だ。もしこれが上手く解決できたら、僕のキャリアにおいて最大の栄誉になるぞ」)

 

初めは不機嫌に話していたのにだんだん興奮してきて、成功したら得られる自分の栄光について語り始めるホームズが面白いです。

しかも、ドラマではこの長い台詞の最後に、ホームズはパイプにつけたマッチを消さずに適当に放り投げてしまい、危うくボヤを起こしそうになって、ワトソンと二人で慌てて火を消しています。

原作でもホームズの自惚れや調子に乗るところがワトソンによって面白く描写されていますが、ドラマのこのシーンにも笑ってしまいます。

本当にこの回は名シーンが多いのです・・・!

 

 

つづきます。