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グラナダ版ホームズ『第二の血痕』の魅力について(その2)

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注意事項です。

このドラマはミステリ―なので、読んでしまうとネタバレしてしまいます。

ですので、この記事は、『第二の血痕』の原作をすでに読んでいたり、グラナダ版ホームズの『第二の血痕』を観たことがある方向けの記事です。

英語の原文はWikisourceからです。

The Return of Sherlock Holmes/Chapter 13 - Wikisource, the free online library

原文内の打消し線はドラマで省略された部分、括弧はドラマで加えられた部分です。大まかにですが、台詞部分はドラマに沿わせて載せています。

(このブログでは『第二の血痕』の英語原文の全文翻訳もしてみました。趣味的な緩めの和訳ですが、よろしければ翻訳カテゴリから読んでみてください。)

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221Bから二人の政治家が去った後、ワトソンは外に新聞を買いに出ます。

このシーンですが、ここで、ワトソンは買おうとした新聞を取り落としています。でも、ワトソン役のエドワード・ハードウィックはそれを何気なく拾い、撮影は進んでいきます。

何となく撮影現場のテンションが伝わってくる場面ですね。

 

さて、ホームズと部屋に戻ってきたワトソンが、この最悪の状況の打開策を何とか考えているところに、すぐにまた客がやってきます。

Mrs. Hudson had appeared with a lady's card upon her salver. Holmes glanced at it, raised his eyebrows, and handed it over to me.

“Ask Lady Hilda Trelawney Hope if she will be kind enough to step up,” said he.

(ハドソンさんが女性の名刺を乗せたトレイを持って現れた。ホームズはそれをちらりと見ると眉を上げ、私にそれを手渡した。

ヒルダ・トリローニ夫人にどうぞお入りくださいと伝えて」とホームズは言った。)

 

何と、先程のトリローニ欧州担当大臣の妻である、ヒルダ夫人です。 

原作で”ロンドン一の美貌の持ち主”(the most lovely woman in London)と紹介されるヒルダ夫人ですが、ドラマに登場するこのシーンでは、暗い色のコートを着て黒い帽子を被り、どこか後ろ暗い雰囲気を漂わせています。

ヒルダ夫人役は、パトリシア・ホッジです。

ここでの彼女の声は低く、少し早口で論理的で簡潔。知性を感じさせ、臆さない態度からもただならぬ高貴な出自であることがわかります。

年齢はトリローニと同様、それほど若くはないが中年というほどでもない、といったところ。観ている側は少し怖い女性だと思うかもしれません。

 

ヒルダ夫人は手紙の内容を教えてくれとホームズに頼みますが、ホームズはそれを拒みます。

仕方なく代わりに、夫人はその手紙が戻らなければ夫のキャリアは失墜するのかと尋ねます。

“Is my husband's political career likely to suffer through this incident?”

“Well, madam, unless it is set(let me say that if it is not put) right it may certainly have a very unfortunate effect.”

“Ah!” She drew in her breath sharply as one whose doubts are resolved.

(「夫の政治家としてキャリアは、この件によって閉ざされてしまうのでしょうか?」
「そうですね、おそらく、もし今回の件が解決できなければとても不幸な状況になってしまうと言えるでしょうね」
「ああ!」彼女は自分の抱えていた不安が的中したかのように息をのんだ。)

 

観ている側は、彼女が犯人なのかもしれないとは思うものの、彼女の何よりの心配事が夫のキャリアなので、まだ判断がつきません。

そして、帰りがけに「私がここへ来たことはくれぐれも内密に」と念を押します。

“Then I will take up(waste)no more of your time. I can not blame you, Mr. Holmes, for having refused(refusing) to speak more freely, and you on your side will not, I am sure, think the worse of me because I desire, even against his will, to share my husband's anxieties. Once more I beg that you will say nothing of my visit.”

(「では、そろそろ失礼いたしますわね。わたくしはあなたを責めませんわ、ホームズさん。率直にお話しくださらなかったとしても、あなたの立場では仕方のないことですもの、わかっておりますわ。ですから、わたくしのこともお責めにならないでくださいね。わたくしが夫の意向に逆らってまで、夫の不安を共有したいと願ったからといって。もう一度お願いしますわ、わたくしがここへ来たことはくれぐれも内密にお願いいたします」)

このヒルダ夫人の言葉のところどころでカメラはホームズの顔を映していて、ホームズがヒルダ夫人に何かを感じていることをその表情で知らせてくれます。

このジェレミーさん演じるホームズの表情がすごく雄弁で良いです。

 

夫人が出て行った後、ドラマオリジナルのワトソンの台詞が出てきます。

"I say, what a really remarkable and beautiful woman!" 

(「いやあ、なんて上品で美しい女性なんだ!」)

ヒルダ夫人の上品さに感銘を受けたワトソンの素直な台詞を、uhmmとちょっと笑うホームズも楽しい場面です。

そして、「女性は君の専門分野だ」という有名なホームズ語録の一つが出てきます。

Now, Watson, the fair sex is your department,(Watson.)” said Holmes, with a smile, when the dwindling frou-frou of skirts had ended in the slam of the front door. “What was the fair lady's game? What did she really want?”

(「女性は君の専門分野だ、ワトソン」と、ホームズが笑顔で言ったのは、ドアが閉まり彼女のスカートの擦れる音が消えていった後だった。「彼女は本当は何を求めていたんだ?」)

 

そして、以下の原文の長台詞を、ジェレミーさんが流れるような美しさで語る場面へ・・・!

ここがこのドラマの見どころの一つです。

“Hum! Think of her appearance, Watson her manner, her suppressed excitement, her restlessness, her tenacity in asking questions. Remember that(she is the youngest daughter of the Duke of Bleminster and) comes of a caste who do not lightly show emotion.”

(「彼女の様子を考えてみたまえ、ワトソン。彼女の態度、興奮を抑えた様子、落ち着きのなさ、何度も質問する姿。それに、彼女はベルミンスター公爵の末の息女だ。めったに感情を表すことのない階級の出なんだ」)

 

長い腕を上げてワトソンを指したあとの優雅なホームズから発せられる、eの音の連なる台詞の美しさ。

"her manner, her suppressed excitement, her restlessness, her tenacity in asking questions"

こんなふうにこの文章は読まれるものだったのか、と驚かされます。

ぜひ字幕版で、ジェレミーさんの声で聴いてほしい部分です。

 

彼女がベルミンスター公爵の末っ子の息女だという部分は、原作だとヒルダ夫人の登場シーンで語られているのを、ドラマではここに持ってきています。

ちなみに、この、末っ子だという情報は字幕に出てきません。

このグラナダ版ホームズの字幕はすごく簡潔に省略され過ぎているきらいがありますね。

でも、推理や人物像を深く楽しむには重要な情報だと思うので、字幕に入れてほしいところです。

 

つづきます。