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好きな歌やドラマについて和訳したり解説します

グラナダ版ホームズ『第二の血痕』の魅力について(その1)

またひさびさにブログに書きたいものを見つけてしまいました。

今回は音楽ではなく、ドラマです。

1984年からイギリスのグラナダTVで制作された、世界でも有名なシャーロック・ホームズのドラマシリーズの中の1つについてです。

53分程度の話ですが、書きたいことがたくさんあるので、数回の記事に分けました。

 

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注意事項です。

このドラマはミステリ―なので、読んでしまうとネタバレしてしまいます。

ですので、この記事は、『第二の血痕』の原作をすでに読んでいたり、グラナダ版ホームズの『第二の血痕』を観たことがある方向けの記事です。

(このブログでは『第二の血痕』の英語原文の全文翻訳もしてみました。趣味的な緩めの和訳ですが、よろしければ翻訳カテゴリから読んでみてください。)

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グラナダ版ホームズは、日本では『シャーロック・ホームズの冒険』というタイトルで1985年から放送されていました。

何度も再放送されていて、私も子供の頃に観て楽しんでいた記憶があります。

それをまた最近観ている理由は、今年に入って東京創元社電子書籍がポイントアップセールになっていたことでした。

コナン・ドイルの原作の『緋色の研究』を気晴らしに読んでみたらそれがなかなか面白くて、深町真理子訳のホームズ全9冊を買い揃えてしまいました。

その後、ANXミステリーチャンネルでたまたま放送していた、懐かしいこのグラナダ版ホームズの吹き替え版を12話まで観て、13話以降はGyao!で字幕版を観始めました。

そして、『第二の血痕』(日本では17話、イギリスでの放送順だと16話)まで観たところで、ものすごく心を掴まれて、Blu-rayを買うに至ってしまいました・・・!

・・・東京創元社のセールでここまで来てしまったという訳です。

私はBBC版『SHERLOCK』やガイ・リッチー監督のハリウッド映画版『シャーロック・ホームズ』などは観ていますが、ホームズについて一般人程度の知識しかなく、グラナダ版は吹き替え版を子供の頃に観ていただけ、という状態でした。

それが、大人になって、こうしてじっくりジェレミー・ブレット演じるグラナダ版ホームズを観てみると本当に素晴らしく、その魅力を書き留めておきたくなったのです。

もちろん他にも傑作回がありますが、1話から何となく観始めただけの私の心をぎゅっと掴んだのは、『第二の血痕』でした。

コナン・ドイル原作のストーリーがリアルに、そして素敵に映像化されていて、ドラマによって原作が格段にレベルアップしている作品の一つだと思います。それに、原文と比較してみると、驚くことに原文の台詞がそのまま使われている部分が多いのです。

役者さんたちによって、コナン・ドイルの原文の台詞がどのように読まれ、どんな抑揚をつけられて発せられているかを知ると、きっと感動してしまうと思います。ぜひこの魅力を知ってもらいたいので、原文とドラマの流れを辿りながら、この作品について書きたいと思います。

 

 

英語の原文はWikisourceからです。

The Return of Sherlock Holmes/Chapter 13 - Wikisource, the free online library

ドラマ内での台詞を聞き取ったものの場合はその旨を書き加えます。

だいたい原文通りの台詞が多いので、原文を台詞としてイメージしてみてください。

また、付け加えた訳は基本的に字幕ではなく、私が適当に訳したものです。

字幕や深町新訳の場合はその旨を書き加えます。

 

 

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物語は、ホームズとワトソンが同居している221Bに、早朝、高名な政治家二人が訪ねてくる場面から始まります。

朝早く大変な身分の方たちから届いた電報にワトソンとハドソンさんは大慌てですが、いつものようにホームズは何も気にせず、のんびり紅茶を飲んでいます。

ホームズが手に持っている飲みかけのカップをワトソンが慌ただしく取り上げて、ホームズがちらかしたままの書類やら食器やらを、ハドソンさんがぶつぶつ言いながら片付けています。

そして、その二人の客を部屋に迎え入れたところで、ホームズの寝室側のドアから食器を下げながら入れ違いにハドソンさんが廊下に出ていきます。

ぎりぎりで部屋の片付けが間に合いました。

このちょっとしたシーンはドラマオリジナルで、楽しく、わくわくする始まりです。

 

 

部屋に入ってきた一人は老政治家でベリンジャー首相、もう一人は若手政治家のトリローニ欧州担当大臣です。

The one, austere, high-nosed, eagle-eyed, and dominant, was none other than the illustrious Lord Bellinger, twice Premier of Britain.

(一人は、厳格な顔つきで鼻が高く、鷲のような目をして支配者の風格を持つ人物、この人こそ英国の首相、ベリンジャー卿であった。)

 

トリローニの方はまだ若く、気品があり、いかにも高潔な貴族といった感じです。

The other, dark, clear-cut, and elegant, hardly yet of middle age, and endowed with every beauty of body and of mind, was the Right Honourable Trelawney Hope, Secretary for European Affairs, and the most rising statesman in the country. 

 (もう一人は、浅黒い肌にきりりとした輪郭を持ったエレガントな紳士で、まだ中年には至らない程度の年齢、まさに高貴な体と心を持つ貴族、欧州担当大臣をしているトリローニ・ホープ卿であり、この国でもっとも期待されている若き政治家である。)

 

依頼の内容は、トリローニが重要な手紙を紛失してしまい、それを秘密裏に取り返さなければイギリスは戦争(!)になってしまう、という一大事についてでした。

威厳と高貴さを常に見せる貴族でも、手紙を紛失したことを思わず後悔してしまう時だけは、激情を露わにして苦悩している様子を見せます。

His handsome face was distorted with a spasm of despair, and his hands tore at his hair. For a moment we caught a glimpse of the natural man, impulsive, ardent, keenly sensitive. 

(彼の美しい顔が絶望によって歪み、彼は髪をかきむしった。その瞬間だけ、私たちは彼の本来の性格、衝動的で情熱的でそしてひどく繊細な性格がさらけ出されているのを目にすることができた。) 

手紙の紛失に責任を感じ、本来の、”熱血漢でそれでいて鋭いほどに繊細な性格”(impulsive, ardent, keenly sensitive)から、すぐにでも取り乱しそうになっているのを、貴族的な性質と振る舞いでどうにか抑えている様子がよく出ています。

 

この欧州担当大臣のトリローニ役はスチュアート・ウィルソンです。

ホームズのドラマを見ていて思うのですが、やっぱりイギリス人は貴族の役が上手です。

”生まれつき備わった高貴な体と心”(endowed with every beauty of body and of mind) がよく表現されています。

『第二の血痕』は”貴族らしい振る舞い”というのが話に説得力を持たせるポイントでもあると思うので、この辺の配役や演技がドラマの良い流れを作っています。

 

ベリンジャー首相役はハリー・アンドリュースです。

こちらも貴族であり、トリローニやホームズに見せる反応から、この老政治家もやはり人間的に優れた人物であることがうかがえます。

手紙を紛失したトリローニに対して、ベリンジャーは「君のせいではない」と気遣いを見せ、そういった二人のやり取りで、二人の信頼関係や高潔で誠実な人間性が表現されています。

 

手紙をなくしたのは昨夜、7時半から11時半までの4時間の間。

どうするべきか、とベリンジャーに問われたホームズは、冷徹です。

「戦争の準備をなさい」

 

“It is your misfortune, my dear fellow. No one can blame you. There is no precaution which you have neglected. Now, Mr. Holmes, you are in full possession of the facts. What course do you recommend?”

Holmes shook his head mournfully.

“You think, sir, that unless this document is recovered there will be war?”

“I think it is very probable.”

“Then, sir, prepare for war.”

“That is a hard saying, Mr. Holmes.”

(「これは不幸な事故だよ、トリローニ君。誰も君を責められまい。君が不注意だったのではないのだから。さて、ミスター・ホームズ、君は状況をすべて把握した。どうしたらいいと思うかね?」

 ホームズは暗い表情で首を振った。

「あなたのお考えでは、この手紙が取り戻せなければ戦争になると?」
「その可能性は大きい」
「でしたら、戦争の準備をなさることです」
「厳しい言葉だ、ミスタ・ホームズ」)

 

このシーンは本当に原作通りにできていて、沈んだ表情を見せながらも(shook his head mournfully)、冷静に現実を直視して、戦争の準備をする以外の対策はないときっぱり言い放つホームズは格好良いです・・・事態は最悪ですが。

ちなみに、この “Then, sir, prepare for war.” の台詞の直後に流れてくる音楽は字幕版と吹き替え版で異なっています。

やっぱり、露口茂さんの声の吹き替え版には、もう少し穏やかさのある音楽の方が合うのでしょう。

 

私は上記のように、12話までを吹き替え版で観た後で13話から字幕版を観たので、じつは、声の違いによるホームズの印象の変化にとても驚きました。

子供の頃から知っていたのは露口さんの声だけだったので、初めて耳にしたジェレミーさんの声にびっくりしました。

ジェレミーさんの声になると、落ち着いていて冷静だったホームズの印象が、感情に起伏のあるホームズに変わり、とても生き生きとしたホームズが現れたのです。

新たなホームズに出会った私はとてもうれしくなりました。

露口さんのホームズも好きだったのに、もう一人好きなホームズが現れて得した気分でした。

それに、舞台俳優の訓練された深みのある声は、そうではない声との違いが明白です。

こういう声が出せるジェレミーさんのファンになってしまいました。

 

舞台などで訓練されたり、または元々の声の性質に深みがあったりする役者さんは、声量を細かくコントールしたり、抑揚をつけることが自在なので、本当に役に有利です。

とくに、感情を表現する言葉には勝てません。例えば、「うれしい」「ありがとう」「ああ」「待って」などの短い一言です。

こういった台詞に乗る一瞬の非言語情報は、そういう声を持たない人の何十倍にもなり、聞いている人の心を揺さぶります。

この『第二の血痕』に出てくる俳優さんは、みんなこのタイプの声を持っていて、本当に見どころと聞きどころ満載です。

 

 

次は、二人の政治家が去ったあとの221Bにやってくる、次の客についてです。