Parov16

好きな歌やドラマについて和訳したり解説します

グラナダ版ホームズ『第二の血痕』の魅力について(その7)

***

注意事項です。

このドラマはミステリ―なので、読んでしまうとネタバレしてしまいます。

ですので、この記事は、『第二の血痕』の原作をすでに読んでいたり、グラナダ版ホームズの『第二の血痕』を観たことがある方向けの記事です。

英語の原文はWikisourceからです。

The Return of Sherlock Holmes/Chapter 13 - Wikisource, the free online library

原文内の打消し線はドラマで省略された部分、括弧はドラマで加えられた部分です。大まかにですがドラマに沿わせて載せています。

(このブログでは『第二の血痕』の英語原文の全文翻訳もしてみました。趣味的な緩めの和訳ですが、よろしければ翻訳カテゴリから読んでみてください。)

 ***

 

今回で「グラナダ版ホームズ『第二の血痕』の魅力について」の記事は最終回です。

 

さて、ようやく手紙を取り戻したホームズは、全てをあるべきところに戻さなければなりません。原作に劣らず鮮やかなホームズが見どころです。

 

“I am in hopes of getting it. That is why I am here. The more I think of the matter the more convinced I am that the letter has never left this house.”

(「手紙を取り戻せる希望はありますよ。だからこそ、ここに来たのです。考えれば考えるほど、手紙はこの家の外には出ていないと確信したんです」)

“Mr. Holmes!”

「手紙はこの家の中にある」と言うホームズにトリローニは苛立たしさを隠しません。おそらく仕事をきっちりしているタイプで、そんなことはあり得ないと思っています。貴族らしく、威厳とプライドを持っています。

原作では、すでに文書箱に入っているので安心ですが、ドラマでは手紙はまだホームズの内ポケットの中です。

 

もう一度文書箱を調べたらどうか、というホームズの提案もはねつけます。

“Have you examined the box(carefully)since (last)Tuesday morning?”

“No.(not thoroughly.) It was (I did)not(consider it)necessary.”

“You may(could)conceivably have overlooked it(the letter.)”

“(That is)Impossible, I say(sir.)”

(「火曜日の朝から後、あなたは箱の中をよく確かめましたか?」
「いや、徹底的にはしてはいないが。そんな必要があるとも思えない」
「手紙を見落としていたのかもしれません」
「そんなことはあり得ない」)

しかし、ベリンジャー首相の言葉("It's easily settled. Let's go and look."「簡単なことだ、確認してみればいい」)で仕方なく文書箱を取り出して、中身を確認し始めました。トリローニの横にベリンジャーが立ち、二人で書類を確認していきます。

 

その二人の少し後ろに立つホームズ。こっそり内ポケットから手紙を取り出す動きが二人越しにカメラに映ります。

カメラは大臣と首相を映し続けているので、後ろから回り込むように歩き始めたホームズは、画面から消えます。ホームズの立っていた位置にはワトソンが移動してきます。

トリローニは文書を一つずつ声に出しながら苛立たしく確認していきますが、突然、その声が止まります。

何と、文書箱の中から問題の手紙が出てきたのです。驚きのあまり声も出せずにいます。

しんと静かになったところで、マッチを擦る音がします。それから、画面の手前に、煙草に火をつけようとしているホームズの横顔が現れます。この音と画の順序が本当に最高です。

「手紙があるのは当然だ」と言わんばかりのすましたホームズの顔。格好良いです。

つまり、二人が文書箱から目を離した隙に、ホームズは手紙をそこに入れたのですね。

 

ベリンジャー首相もトリローニ大臣も驚いて喜びます。("Remarkable!""This is inconceivable. Impossible, Mr.Holmes.")そして、トリローニは「ヒルダ!」と大声で夫人を呼びます。

トリローニ役のスチュアート・ウィルソンのこの声も良いです。この強い声が、早く妻を安心させてやりたいという気持ちを貴族らしく上手く表現していると思います。ここでホームズや誰かを疑ったりしないところも高貴な人柄らしさがあります。原作でもすぐに夫人を呼んでいます。

 “I can not believe my eyes!” He ran wildly to the door. “Where is my wife? I must tell her that all is well. Hilda! Hilda!” we heard his voice on the stairs.

(「自分の目が信じられない!」彼はドアに向かって駆け出した。「妻はどこだ? 彼女に全て上手くいったと教えなければ。ヒルダ! ヒルダ!」彼の声が階段で響き渡るのが聞こえた。)

呼ばれて部屋に入ってきたヒルダ夫人は、手紙が元に戻り、全てが上手く収まったことを理解します。そして、トリローニと抱き合います。("Hilda, we have found the letter and I know it is difficult for you to understand, but it is the most wonderful news."「ヒルダ、手紙が見つかった、君には理解できないことだとはわかっているが、これは本当に素晴らしいニュースなんだよ」)

 

画面は、素知らぬ顔で二人の前に立っているホームズを見つめる、ヒルダ夫人の顔になります。ほんの数秒ですが、喜びとホームズへの感謝にあふれた表情をしています。感情を表に出さない階級の女性("comes of a caste who do not lightly show emotion")が本当にうれしそうにホームズを見ているんです。素敵なシーンです。

 

そして、カメラはホームズの顔に移ります。

ここからのホームズを演じるジェレミーさんの表情がすごいのです。ずっとホームズの顔しかカメラには映っていないのに、何が起きているか、表情だけでわかります。

最初ホームズは目を伏せていますが、三回瞳を上げます。視線の先はヒルダ夫人の顔、そして、ヒルダ夫人とトリローニの抱き合っている姿です。トリローニの顔は向こう側なので見えません。

 

一回目、ホームズはヒルダ夫人の顔を見て、すぐ目を伏せます。喜びと感謝にあふれた表情で自分を見つめるヒルダ夫人から、すぐに目を逸らしてしまうのです。

ホームズが目を伏せているあいだ、「信じられない、何度も何度も確認したのに」などとヒルダ夫人に話し続けているトリローニの興奮した声だけが、音楽とともに聞こえています。その言葉を聞きながら、ホームズは照れを隠すように表情を抑えています。

二回目、ホームズは顔の角度を変えてまた目を上げます。ヒルダ夫人はホームズを見たあとに、夫を見つめたはずです。ホームズから少しだけ笑みが漏れ始めますが、またすぐに目を逸らします。

三回目、もう一度、ホームズは二人を見ます。この時にはおそらくもうヒルダ夫人にはホームズが見えていません。二人が抱き合っている姿を見て、微笑みながらホームズは目を逸らし、満足そうに煙草を吸います。

十秒ほどのシーンですが、ホームズの表情だけでここまで表現されているんです。すごいです・・・!

 

 

すべて解決して、邸宅のホールで帰り支度をしているところで、ホームズとワトソンはベリンジャー首相に呼び止められます。

The Premier looked at Holmes with twinkling eyes.

“Come, sir,” said he. “There is more in this than meets the eye. How came the letter back in the box?

Holmes turned away smiling from the keen scrutiny of those wonderful eyes.

“(Prime MInister,)We also(too,)have our diplomatic secrets,” said he and, picking up his hat, he turned to the door.

(首相は目を輝かせてホームズを見た。
「本当は、他に何かあるのではないかね、この裏には」
ホームズは微笑みながら、その探るような目から顔を逸らした。
「こちらにも外交上の秘密があるんです」そう言って、ホームズは帽子を取ると玄関へ向かった。)

 

原作ではこのシーンで微笑んでいるホームズですが、ドラマでは何も顔には出しません。

そのあと二人を見送るベリンジャー役のハリー・アンドリュースが、こちらもまた雄弁な顔の表情で良い味を出しています。にやりとするようなこの表情が楽しいですね。

 

そして、ワトソンと二人で邸宅を出て少し歩いてきたところで、さっきまで素知らぬ顔で無表情だったホームズが、大きな喜びの声を上げてジャンプします。これはドラマオリジナルのシーンです。

全て丸く収まってうれしくなっている視聴者も、ホームズと一緒になって喜べるような気持ちになれるので、とてもいいエンディングシーンだと思います。

 

 

・・・長く書いてしまいましたが、グラナダ版ホームズ『第二の血痕』についての記事はこれでおしまいです。興味を持って読んでくださった方がいればうれしいです。

グラナダ版ホームズの魅力は言わずもがなですが、原作そのままの台詞が多いところも大きな魅力の一つだと思います。コナン・ドイルの原作と比較しながらドラマを観て、原作の言葉が役者さんたちによってどう読まれているかを確認するのが、とても楽しかったです。