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グラナダ版ホームズ『第二の血痕』の魅力について(その5)

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注意事項です。

このドラマはミステリ―なので、読んでしまうとネタバレしてしまいます。

ですので、この記事は、『第二の血痕』の原作をすでに読んでいたり、グラナダ版ホームズの『第二の血痕』を観たことがある方向けの記事です。

英語の原文はWikisourceからです。

The Return of Sherlock Holmes/Chapter 13 - Wikisource, the free online library

原文内の打消し線はドラマで省略された部分、括弧はドラマで加えられた部分です。大まかにですがドラマに沿わせて載せています。

(このブログでは『第二の血痕』の英語原文の全文翻訳もしてみました。趣味的な緩めの和訳ですが、よろしければ翻訳カテゴリから読んでみてください。)

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とうとう手紙のありかを突き止めたホームズとワトソンは、高らかな音楽とともにホワイトホールにある、トリローニ欧州担当大臣とヒルダ夫人の住む邸宅に向かいます。

その白く大きな邸宅の玄関へ向かう道、ワトソンはちゃんと舗道を歩きますが、ホームズは芝生を突っ切ります。ちょっと面白いシーンです。

 

広い部屋の中にいるヒルダ夫人に画面は変わりますが、この部屋がとてもセンスの良い素敵な客間なのです。グラナダ版ホームズにはいろんな豪邸が登場しますが、中でも屈指の素敵さだと思います。

ここで書き物をしているヒルダ夫人は、221Bに来たときは違い、淡く白っぽいベージュのドレスを着ています。大きく明るい窓を背景に、明るい髪と白い肌をしていて本当に美しい姿です。

 

そこにホームズとワトソンがやってきます。

執事を押しのけるように入ってきたホームズとワトソンは黒いスーツとコートです。赤い色の壁紙の美しい部屋を背景に、二人の姿がとても映えます。とくにホームズは背が高く瘦身の美男子なので、この画が本当に様になっていて、格好良いです。

 

ベーカー街を訪れたことを秘密にしてほしいと言ったのに、家にまでやってきたホームズをヒルダ夫人は非難するのですが、ホームズは構わず本題に入ります。

“Unfortunately, madam, I had no possible alternative. I have been commissioned to recover this immensely important paper(document). I must therefore ask you, madam, to be kind enough to place it in my hands.”

(「残念ですが、マダム、これ以外の方法がなかったのです。私はとてつもなく重要な書類の返還を委任されています。ですから、あなたにお願いするしかないのです。手紙をお返しください」 )

“You—you insult me, Mr. Holmes.”

(「あなた、わたくしを侮辱するんですのね」)

ヒルダ夫人は驚いて、執事を呼ぼうと呼び鈴に手を掛けますが、ホームズがそれを止めます。

“Do not ring, Lady Hilda. If you do, then all my earnest efforts to avoid a scandal will be frustrated. Give up the letter and all will be set right. If you will work with me I can arrange everything. If you work against me I must expose you.”

(「おやめなさい、レディヒルダ。私に協力していだたけるのなら全て上手く取り計らいます。しかしそうでないのであれば、私はあなたのことを暴露しなければなりません」)

She stood grandly defiant, a queenly figure, her eyes fixed upon his as if she would read his very soul. Her hand was on the bell, but she had forborne to ring it.

(彼女は女王のように気高く、挑戦的にそこに立っていた。彼女の目はホームズの目を見つめたままだった。まるでそうすればホームズの心が読めるとでもいうように。彼女は呼び鈴に手を掛けたが、それを鳴らすのはどうにか堪えていた。)

 

ヒルダ夫人の話し方はベーカー街に来た時と同じように、高貴で威厳があります。ホームズの鋭い言葉にもすぐに折れる気配はありません。

“You are trying to frighten me. It is not a very manly thing, Mr. Holmes, to come here and browbeat a woman. You say that you know(have)something(tell me.) What is it that you know?(very well.)”

( 「わたくしを脅すのですか、男らしくないやり方ですわね、ホームズさん。ここまでやってきて女性を脅すだなんて。何か知ってらっしゃるというのでしたら、そうですね、」)

“I give you five minutes, Mr. Holmes.”

(「五分だけ差し上げますわ、ホームズさん」)

毅然としたホームズにも負けていないヒルダ夫人。気高い態度は変わりません。

“One is enough, Lady Hilda. I know of your visit to Eduardo Lucas, of your giving him this document  (letter), of your ingenious return to the room last night (on the evening)after the murder, and of the manner in which you took the letter from the hiding-place under the carpet.”

(「一分でじゅうぶんですよ、レディヒルダ。あなたがルーカスを訪ね、手紙を渡し、殺人事件のあとで、それを見事に取り返されたということを私は知っています。その方法も。あなたはカーペットの下の隠し穴から手紙を取り出したんです」)

 

何もかも言い当てられていくあいだに、どんどんヒルダ夫人から顔色が消えていき、かなり動揺していることがわかります。

ホームズはとどめのように、ルーカスの家の警備をしていた警官に見せたものをヒルダ夫人にも見せます。それは手のひらに収まるサイズのヒルダ夫人の写真でした。

“The policeman has recognised it(you).”

(「警官があなただと認めましたよ」)

それでも、気を立て直してヒルダ夫人は言います。

I tell you(once) again, Mr. Holmes, that(I tell you) you are under some absurd illusion.”

(「もう一度言いますけれど、あなたは全くの見当違いをしてらっしゃいますわ」)

そして、ヒルダ夫人は後ろを向いてしまいます。

 

ここからのカメラワークも良いのです。

後ろを向いたヒルダ夫人の前にカメラがあります。ホームズからはヒルダ夫人の表情は見えませんが、カメラには苦悩するヒルダ夫人の顔がありありと映り、その向こうに立つホームズが見えています。

“I am (so)sorry for you, Lady Hilda. I have done my best for you. I can see that it is all (but I feel I'm)in vain.”

(「残念です。私なりにベストを尽くしたんですが。無駄になりましたね」)

そう言い放ってホームズは歩いていき、客間の扉を開けて、近くにいた執事にトリローニ大臣は自宅にいるのかと尋ねます。

“Is Mr. Trelawney Hope at home?”

“He will be home, sir, at a quarter to one.”

Holmes glanced at his watch.

Still(then we have) a quarter of an hour,” said he. “Very good, I shall(we will) wait(here).”

(「トリローニ・ホープ卿は?」
「もうすぐ帰宅いたします、一時十五分前になる予定です」
ホームズは時計をちらりと見た。
「あと十五分か、」とホームズは言った。「ここで待つとしよう」)

 

もし、ここでトリローニが帰宅していたら、どうなっていたんでしょう? ・・・でも、やはりホームズはまだ大臣は帰っていないことを観察して知っていて、ヒルダ夫人に上手く圧力をかけたんでしょうね。

あと十五分で戻ってくるということがわかり、ホームズはマントルピースの前で待つことにしました。

部屋の反対側のマントルピースの前に立ち(部屋の両端に暖炉がある大きな部屋なのです)、ヒルダ夫人は悩み続けます。マントルピースの上に置かれた時計の針の音が聞こえてきます。夫が帰ってくるまであと少ししかありません。

広い部屋のホームズ側からヒルダ夫人を映すカメラと、間近でホームズを映すカメラが効果的に入れ替わります。

 

そして、とうとうヒルダ夫人が折れました。

“Oh, spare me, Mr. Holmes! Spare me!” she pleaded, in a frenzy of supplication.

(「ああ、赦して、ホームズさん! 赦して!」彼女は気が動転したように必死でそう訴えた。)

振り向いてホームズのところに走り寄ってくるヒルダ夫人の可憐さが素晴らしいです。先程までの強さは失せて、女性らしい飾らない声を出します。

ヒルダ夫人役のパトリシア・ホッジの演技がとても良いです。ヒルダ夫人は貴族ですから他人の前では強い声を出していますが、公爵家の末娘なので本当に親しい人にはこういう地の声を出すのでしょう。

歩き方や動き方までが変わり、ホームズに手を伸ばして、それを受けとめたホームズに跪きます。ほとんど、白いドレスを着たお姫様とそれを守る黒い服を着た騎士の図です。流れるように優雅な二人の動きと画の美しさに感動します。

“For heaven's sake, don't tell him! I love him so! I would not bring one shadow on his life, and this I know would break his noble heart.”

(「お願いですから彼に言わないでください!愛しているんです。あの人の心に一つの影も落としたくないんです。このことを知ってしまったら、あの人の美しい心は壊れてしまいます」)

ヒルダ夫人の手を取りながら、ホームズは尋ねます。

I am thankful, madam, that you have come to your senses even at this last moment! There is not(we have not) an instant to lose. Where is the letter?”

( 「もう時間がありません。手紙はどこですか?」)

 

・・・というわけで、ホームズは手紙を取り戻すことができそうです。

 

 

つづきます。